受託PMの転職ノート

ネットワークエンジニアから開発へ転職した体験談:転向からPMまで

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ネットワークエンジニアから、開発に移れるのか。移れたとして、その先はどうなるのか。

私は大学を出てから、ネットワークエンジニアを6年、整体師を5年やりました。39歳でITに戻ってからは、開発とPMを同時にやって4年ほどになります。今は43歳です。

先に答えを書くと、開発への転向はできました。ただ、私の場合はネットワークからまっすぐ開発へ転職したのではありません。ITを離れた5年をはさんで、戻った会社で最初から開発とPMを任される、という移り方でした。

では、ネットワークの6年は開発でそのまま使えたのか。移ってすぐ、何につまずいたのか。そして開発からPMへは、どんな順番で進んだのか。

受託でPM・PLをしていて、次の転職の前に自分の経歴の流れを確かめたい人にも、一つの実例として読んでもらえたらうれしいです。

ネットワークエンジニアから開発へ、本当に移れるのか

  • ネットワークエンジニア:6年(大学卒業後)
  • 整体師:5年(ITを離れた期間。この間も個人開発は続けていた)
  • システム開発:4年(39歳で戻ったときから、PMと開発を同時に)

つなぎ目は2つあります。ネットワークを離れたところと、整体師からITに戻ったところです。私が開発に入ったのは、2つめのほうでした。

ネットワークの最後の6年目は、証券系シンクタンクの基幹システムのリプレイス案件でした。2年ほどかけるリプレイスで、終盤は基幹側が完了し、拠点側の移行をしていました。問題はたまに出るものの、基本的には同じ作業の繰り返しでした。

整体師の間も、WordPressで記事を書いたり、簡単なゲームやネイティブアプリを作ったりと、個人開発はずっと続けていました。きっかけは、収益の柱を増やしたかったことと、何かを作ること自体が好きだったことです。SNSに出していたのは、ブロックチェーンを使ったアプリです。

開発への入口は、仕事ではなく趣味の個人開発でした。

ネットワークの仕事から直接開発に移った話を探していた人には、少し肩すかしかもしれません。ただ、今の仕事のままで開発の経験を作れるのか、と迷っているなら、私の場合は仕事の外で作っていたものが、そのまま次の入口になりました。

なぜ開発に移ろうと思ったのか

正直に書くと、開発がやりたくて計画的に転職したわけではありません。自分で応募もしていません。

整体の収入は少なく、妻の給料のほうが多い状態でした。その妻が、仕事のストレスで辞めたいと言っていました。そんなときに、個人開発をSNSで見ていた会社から、SNSでオファーが届いたんです。

絶好のチャンスだと思いました。

決め手は2つでした。リモートで働けること。月収が、妻の給与と自分の給与を足したより多いこと。この条件を受けてもらえたので、入社を決めました。戻ったときの年収は550万円くらいです(私の1つの例です)。

振り返ると、決め手は技術の話ではなく、家族の暮らしが回る条件でした。

では、ITを5年離れていた人が応募もせずに戻るとき、面談では何を聞かれ、戻ってすぐ何に困るのか。

移ってすぐ、何につまずいたか

ネットワークエンジニアもITの仕事です。それでもアプリ開発は初めてで、戻ってすぐは戸惑うことが多くありました。

いちばんはっきりつまずいたのは、テストコードでした。個人開発ではテストコードを書く文化がなく、フロントエンドとバックエンドの違いも分かっていませんでした。ほかの人が開発していたバックエンドに一人で手を入れたとき、テストコード不足でCIに止められました。

覚えることも山ほどありました。GitHubの使い方、フロントエンド、バックエンド、フレームワーク。本格的なシステム開発も、複数人でのチーム開発も、このときが初めてです。

では、どうやって追いついたのか。特段の勉強をし直したわけではありません。業務のあとも自主的に仕事の開発を続け、必要な技術をその都度学んではすぐ使う、の繰り返しでした。技術的なことは開発経験の豊富な社内のエンジニアに質問し、協力会社とは打ち合わせをしながら、仕組みを少しずつ理解していきました。

ネットワークの6年が、アプリ開発の知識としてそのまま使えたわけではありませんでした。

ただ、まるごと無駄だったわけでもありません。ネットワークでは、セールス、要件定義、保守以外は基本的に何でもやっていました。設計書やパラメータシートを作る工程も、導入するときの作業手順書やコンチプランの考え方も、開発の設計と大枠は同じでした。上流から下流まで経験していたので、開発工程の全体イメージも持てていたと思います。

それに、開発といってもAWSやAzure、GCPのようなインフラ周りを触ることが多くあります。サブネットやVPN、セキュリティ、FW関連は、アプリ開発一筋の人よりも分かっていました。だから、インフラ構築では最初から役に立てました。

入社してから効いたのは、むしろ整体院での癖です。人を観察する習慣があったのでコミュニケーションに困らず、複数のベッドで同時に施術していたことが、複数のタスクに優先度をつけるのに生きました。

では、整体院のどんな場面が、開発やPMの仕事に置き換わったのか。

これから開発に移る人が先に備えるとしたら、私の場合はテストを書く習慣と、フロントエンド・バックエンドの区別でした。そこで最初につまずいたからです。

開発からPMまで、どんな順番で任されたのか

ここは、期待と違う答えになると思います。順番は、ありませんでした。

入社前から、自社プロダクトの開発とPMをお願いすると言われていて、PM(顧客対応)と開発を同時にやるところから始まっています。要件はすでに固まっていて、私は設計フェーズから入りました。

では、チーム開発もPMも初めての状態で、入社して最初の3か月は何から手を付けたのか。

そのあと、受託の案件をいくつか持ちました。規模でいうと100万円から5,000万円、チームは1人から10人ほどです(私の1つの例です)。たとえば、こんな案件です。

  • 300万円・3か月・社内2人:位置情報を使ったWebアプリ。設計・開発も自分でやった
  • 500万円・4か月くらい・社内2人+顧客のエンジニア2人:社内向けのEMS。一緒に開発しながら顧客側へ引き継いだ
  • 1,000万円・8か月・社内2名:設計・開発も自分でやった
  • 5,000万円・12か月・社内5名+協力会社5名:PMとして要件定義からテストまで

並べてみると、小さめの案件では設計・開発を自分の手でやっています。開発を卒業してPMになったのではなく、案件ごとにPMと開発の比重が変わる、という働き方です。

関わる人が増えるほど、調整に時間がかかります。逆に、一人で一気通貫でやった案件は、自分だけで完結してコントロールできるので楽でした。

では、案件の規模が変わると、忙しさや残業は実際どれくらい変わるのか。

転向してPMまで来て、今どう思うか

年収は今600万円です。相場が分からないので何とも言えませんが、年収には満足しています(私の1つの例です)。今はほぼリモートで働けていて、共働きで子どもの送り迎えがある暮らしには、これが欠かせません。

では、この規模・人数で年収600万円というのは、受託PMとして妥当なのか。

一方で、迷いも残っています。

社員の中で私が複数の案件を掛け持ちする横で、指示待ちで時間が余っているメンバーもいて、これなら一人で開業したほうが、と思うこともあります。

それでも転職に踏み切れないのは、自分が抜けたあと今の職場が回るのか、迷惑をかけないかが心配だからです。どこでもやっていく自信はあっても、転職してリモートができなくなると、送り迎えで困ります。

経歴を一本の線で並べ直すと、ネットワーク、整体、開発とPMと、職種はばらばらに見えます。でも、開発に入った分かれ目には、仕事の外で作っていたものと、家族の暮らしの条件がありました。

実際、整体師の5年は、面接では話のネタにはなりましたが、それ以上でも以下でもありませんでした。面談で聞かれたのは、個人開発のことと、入ったらやりたいことです。

次の転職の前に経歴を振り返るなら、職種の名前を並べるより、分かれ目ごとに何があったかを書き出しておくと、面接で自分の言葉で話しやすくなると思います。

ネットワークエンジニアから開発へ移れるのか、と検索した人へ。私の場合は、遠回りをしてでも移れましたし、移った先では最初からPMもやることになりました。つまずいたのはテストコードで、今も迷っているのは、家族の条件と、今の職場のことです。