受託PMの転職ノート(仮)

整体師の5年はエンジニアの仕事に生きたか:人を見る癖と、同時に何台も回す癖

公開 更新

ITを離れていた何年かは、職務経歴書の上では空白と同じに見られるのではないか。福祉、教員、医療事務、整体。IT以外の仕事を真剣にやってきたぶん、「エンジニアとしてはただのブランク」と言われるのがいちばんこたえますよね。

私はネットワークエンジニアを6年やってから、整体師として5年、ITを離れていました。システム開発に戻ったのは39歳のときです。今は43歳で、受託開発のPMとして案件を掛け持ちしています。

整体師の5年は、面接では話のネタになりました。でも、それ以上でも以下でもありませんでした。効いてきたのは入社してからで、人を観察する癖と、複数のベッドで同時に施術していた癖の2つです。

では、その2つは開発の現場のどこで効いたのか。今の掛け持ちの働き方と、どうつながっているのか。

面談で、整体師の5年は話のネタで終わった

私はITに戻るとき、自分から応募はしていません。整体の収入が妻より少なく、その妻も仕事のストレスで辞めたいと言っていた頃に、趣味の個人開発をSNSで見ていた会社から、1社だけ声がかかりました。

入社はオンラインの面談だけで決まりました。その面談で、整体師の5年は話題にはなりましたが、詳しくは聞かれていません。聞かれたのは、個人開発のことと、入ったらやりたいことでした。

ただ、それで評価が上がったという手応えはありませんでした。正直、話のネタ止まりです。声をかけてくれた会社が見ていたのは、個人開発のブロックチェーンのアプリと、コミュニティで質問していたやり取りから分かる人となりのほうでした。

その後、私は同じ会社で面接官をする側にも回りました。見ていたのは、まずコミュニケーション。それから、言われたことしかしない人か、自分から動ける人か。職務経歴書は見ていましたが、スタートアップだったので、あまり選り好みはしていなかったんです。

異業種の経歴は、それだけで加点になるものではない。少なくとも、私が受けた面談と、私がした面接ではそうでした。

ただ、評価されないことと、役に立たないことは別でした。

入社してすぐ戸惑ったのは、整体と関係のない所だった

戻ってすぐ困ったのは、技術のほうです。ネットワークもITでしたが、アプリ開発は初めてでした。特に、個人開発ではテストコードを書く文化がなかったので、最初は戸惑いました。

勉強し直した、と言えるほどのことはしていません。最初は開発から入り、業務のあとも自主的に仕事の開発をしました。仕事に必要な技術を、その都度学んで実践していった感じです。

ここは整体の5年とは関係なく、仕事の中で埋めていくしかありませんでした。当然といえば当然かな、と思います。

一方で、困らなかったこともありました。人とのやり取りです。

人を観察する癖があったから、話すことには困らなかった

整体院にいた5年で、私には人を観察する習慣がついていました。

患者さんが玄関から入ってきたときの姿勢や表情で、まずどんな状況かをつかむ。待ち時間でイライラしている人がいたら、何か話しかける。続けるうちに、その人が本当は何を求めているのかが、話や表情、リアクションで分かるようになりました。話し相手が欲しいのか、痛みを取りたいのか、疲れを取りたいのか。

開発の現場に入ってから、この癖のおかげでコミュニケーションに困らなかった、というのが私の実感です。私はわりとコミュニケーションが取れるほうだと思っていて、その下地はたぶん整体の5年で作られました。

入社してから私がしていたのは、積極的に話しかける、分からないことは聞く、無理なことは話して調整する、の3つです。

整体でも、患者さんが求めていることと、こちらができることがずれることはありました。そのときに大事だったのは、落とし所を見つけて、きちんと説明することです。受託の顧客とのやり取りも、根っこは同じでした。

受託開発のPMは、関わる人が多い案件ほど大変です。5,000万円の案件では、社内5名と協力会社5名に、顧客側の運用保守の担当やシステムの担当まで加わりました。人数が増えるほど、調整に時間もコストもかかります。

その調整の場で話すことに困らずにいられるのは、観察の癖のおかげかな、と思っています。

技術は入ってから追いつけた。人を見る力は、入る前から持っていた。私の場合は、そういう順番でした。

複数のベッドを回していた癖が、案件の掛け持ちで出てきた

整体院では、複数のベッドで同時に施術していました。

ベッドは4台。でも、実際に施術できるのは一人です。電気を当てている人、マッサージの機械を当てている人、少し寝かせておく人。状況を見ながら、優先順位を変えて回していました。院長と二人の院でしたが、院長は不在のことが多く、一人で4台を見る日も多かったので、余計にそうなりました。

これが、開発の仕事で複数のタスクを同時に処理するときに生きました。全部を並べて、どれを先にやるかを決める。優先度をつけるという感覚です。

今の私は、社員の中でも複数の案件を掛け持ちしています。300万円・3か月の位置情報のWebアプリは設計も開発も自分でしましたが、この案件だけならあまり忙しくなかったんです。ただ、並行で別の案件を持っていたので、合わせると忙しかった。500万円・4か月くらいの社内向けのEMSもほかの業務と並行で、キックオフから2週間で要件定義を形にする必要がありました。

今、掛け持ちの日に先にやるのは、リリース日(納期)が近いもの、調整が要るもの、ボトルネックになる所、ほかの人が絡む所の調整です。自分で完結してコントロールできる所は、後に回します。電気を当てている間に、次の人の話を聞きに行く。やっていることは、あのころとあまり変わらない気がします。

1件ずつの金額や忙しさより、何件を同時に持っているかで1日の重さが決まる。整体院でベッドの間を行き来していたときの感覚と、根っこは同じだと思っています。

では、これだけ掛け持ちして年収600万円は見合っているのか。正直、相場が分からないので何とも言えませんが、年収には満足しています。4件の案件を金額・人数・忙しさで並べて、位置を確かめてみました。

書類の上では、今も説明しにくい5年

異業種の経歴は、入る前に効くものではなく、入ってから効くものだった。私はそう受け取っています。

整体の5年を書類でうまく説明できるかというと、自信はありません。私は書類を出さずに戻ったので、そこは確かめていないんです。

でも、入社してから使っていたのは、整体院で身についた癖でした。人を見ること。同時にいくつも回すこと。今、受託のPMとして掛け持ちの案件を回せているのも、その延長だと思います。

福祉でも、教員でも、医療事務でも、人を見たり、いくつかのことを同時に回したりする場面はあるのかな、と想像しています。それは面接では言葉にしにくいかもしれません。私の場合、戻ったあとの現場では、ちゃんと出番がありました。

ここに書いたのは、39歳でSNSのオファー1社から戻った、私1人の例です。戻った時期の求人の状況も、今とは違います。この5年がほかの人の目にどう映るのかは、これから受ける転職エージェントの面談で確かめるつもりです。